誰が酔っぱらって発言しようがかまわない。
問題は現状を直ちにどうするのか、ということだ。
それを法案修正してでも通すという潔さのない与党も与党なら、
意固地に経済以外の問題で質問時間を費やす野党も野党。
本質でない議論は、それに関する小泉さんの再可決反対も同じ。
場合によったら「子供」と呼ばれる「大人」が、それで郵政民営化選挙の時にオセロのように状況が変わると思い込んだかのように発言を始める様、そしてそれを写し続けるメディア。
全く意味がない。
与党がすべきだったのは自分の主張を多少曲げてでも、補正予算案を通すことじゃなかったろうか。
野党ともコンセンサスを取る「大人の対応」こそが、本当に局面を打開する方法じゃないのだろうか。
この国の政治は絶好の大人になるチャンスを失った。
おそらく小泉さんの発言にも、意味があったのだろう。何かわからないけれど、ご子息の出馬の政治資金とも絡んでいるのでは、という推測をする人もいる。逆に彼ならではスタントプレーだったのかも知れない。
ただ、どちらの理由だったにせよ、そうでなかったにせよ、人の行動にはそういう「訳」がある。
「自分さえ良ければいいと思っているのか」という人は、実際には「自分が良ければいい」からそういうことを言う人が結構いる。
人間というのはそういう単純な生き物だと思う。
郵政民営化にしても小泉さんの郵政族への私怨(初選挙で特定郵便局に新自クの候補の支援に乗り換えられてしまう)があったという話もあるし、逆に反対して割れた綿貫さんは元トナミ運輸社長。郵政の事業を受注していた会社…なんて、結構そういう単純な利害関係があったりする。
そういう背景を知った上で、実際に何を行おうとしているのか考えてみると、違う見方ができると思う。
別に「ネズミ」を捕ってくれるのから、白でも黒でも赤でも自分はかまわない。
実際の経済政策なんて、配分比を変えるだけのことだから、争点はその配分にしかない。
パイの大きさは決まっていて、それを分けた結果、より大きなものが出てくるのか、偏りがどの程度になるのか、それくらいの違いしかない。
・6個のパイを20人に対し、生産能力の高い6人に1つずつ食べさせた結果、次に12個のパイができるけど、6個は自分達で食べてしまって、6個が他の6人に行き渡るけど、8人は2日間食べられない。
・みんなに20等分して、その結果みんなに行き渡るけど、もの足りず、しかも次に4個しかできない。
ここまで極端じゃないけど、どっちに極端でもだめだということなのに、極論比較になりがちだということ。
そして、そういう問題をどうしてここまでわかりにくくするのかが逆に分からない。
なのにそうした戯画的な部分のみ取り上げるのなんて、願い下げ。
ただ、年収600万、財産が2000万の人に、将来返すからと1000万の担保を財産につけさせておきながら、それじゃ成り立たないからと言って、サービスを提供できません、という状況を作った政党はどこで、責任は誰が取ったのか、教えて欲しいとは思うけど。現実的に国家経済を人質に国民を脅迫しているようなもので、説明責任くらいは果たして欲しいと思いますけどね。
ましてや、公共事業の事業性が低い、係数1以下の経済効果しか生まない事業をしているとなると、なおのこと。
野党はそこではっきりした対案を出さないといけないのに、まだない訳で。
国民はあきらめているように見えること自体、非正規被雇用者は努力しないから非正規なんだ、という言い草を、そのまま投げ返したくなる。
あきらめることで、捨てているということだと。
散文失礼。