バドミントンに関する、元・市議候補のツイートのRTで考えたこと。

By | 2012/08/07

2日前にこんなエントリーのRTがTLに出たのでリツイートした。
結果的にメダル決定のタイミングと合ったために、まとめサイトや匿名掲示板などに大量にリンクが張られることになった。

当事者はFavotterなどで記録に残れば、元発言を削除されても残るということは、どうもご存じなかったようだ。

これには、実はこの政治団体の長が、文楽に助成を与えたくがないために、自立を求め、生き残るためには大衆にこびて変質せよ。というまあ、短絡的に見ればそういう主張をしたこととも関連している。

最近、権威はこき下ろせばいい、というだけの主張はよく見る訳だけれど、自分はそれには違和感を感じている。

実際、たとえばオリンピックは、現在では75カ国以上で普及している競技、というのが、どうも開催のための条件になっているようだ。そういう意味で野球とソフトボールが外れたのは理解できるし、逆にオリンピックで実施する競技だからこそ、世界の注目を浴びる、ということもある。

フェンシングは北京2008での太田選手の銀のおかげで、スポンサーも付き、今大会のために1億円を用意し(用意でき、とも言う)600日の強化プログラムを組んだ結果がフルーレ団体の銀につながっている。

ある意味、オリンピックで開催できる競技というのは、世界で認められているスポーツ、ということでもある。

それを個人的な見解で理解できず、レクリエーションと断罪し、実施すべきでは無いと軽々に切り捨ててしまう考えは、自らの考え方が「世界市場」から合っていないことを「市場主義政党」が述べる、背反事象。

明治の開国したときに浮世絵の価値がわからず、大量に海外に二束三文で流出させた歴史があることも、多分、この「政治団体」はご存じなく、文楽を歌舞伎のように国際的に主張できる興行としても大々的にアピールもしているようには見えない、事情を併せて考えれば、単に自分の好き嫌いを押しつけて、何かを失うことに喜びすら感じているとしか、自分には思えなかったりする。

そういう今の短絡的なこの国の余裕のなさが端的に出てるなあという気がする。

…ともう一方で、自分はバトミントンと卓球がその時点でおそらくメダルに絡むということを想定して、RTしたことにも言及する必要があって、結果的にその後すぐメダルの色だけの問題になったので、大量のRTをもらうきっかけになったのだけど…

それもある意味、普段からそういう競技に目をかけてやってほしい、という皮肉の面もあって。

卓球は福原愛選手を小さい時から全日本選手権出場などで特別扱いをして、彼女もそれに答えた結果、彼女は中国リーグに行き、日本を引っ張る存在になった、そういう苦労を協会もしている。

バドミントンも、オグシオコンビをある意味過剰に露出させることでメディアの興味を引き出し、市場にアピールして、結果彼女たちではなかったけれど、全体で競技への関心を引き出すことに協会ごと尽力した結果が今回の結果に繋がった。

そういうことは一切無視しているということが、無知の怖さを感じる。

翻って、不調と言われるバスケットはどうか。推して知るべし。体面争いになってはアジア内の地位すら下がっている。テコンドーがどうなったか?国内団体が分裂して報道すらされなくなった。

そういう側面もある。

この国だけでなく世界が混沌に直面している中で、アドバルーンはともかく、実体経済や社会保障に対する安心感を与える努力を、一丸となってしているか、と考えたときに、このような「身内に敵を作り」「それを単純に引き上げるのではなく、むしろ引きずり下ろすことに酔って勝ちどきの声を挙げる」ような政治がどういう結果になるのか。

それは、これら競技団体の行動が教えてくれているのではないか。
そんな気がしてならない。