一言で言えば「不毛な議論」。
日中間の大陸棚問題と比べれば、本当に不毛。
資源問題を争点としてあげるとしても、開発している訳ではないし、韓国側の主張は南極大陸に居続けるアルゼンチンやチリの発想に過ぎない。
日本側は粛々と行っている気がするが、明確ではない。
それ以上に気になるのは、こう言った議論での韓国と日本の相互意識。
韓国は争点となる問題について複数の主張が存在することを公教育で教えていないかのよう。
日本側もこの問題に関して短絡的になるのには韓国と同様の理由があるのだろう。
「自尊心」
その「自尊心」を双方の国を貶めるによってしか得ることができないのだとすると、それは自尊心ではない。むしろ「他卑心」というべきだろう。
歴史上、日本に文化的な影響を与えたのが朝鮮半島経由であったのは事実である。しかし、その国に「支配された」という事実のみ固執する人。逆に一端支配したことがあるからこそ、その立場を意識として固定させようとする人。
どちらにしても進歩がない。
解決することが目的ではなく、「他卑心」を育てて何かから目をそらすことが目的だからだ。
朝鮮日報でもこの種の記事には「観客受け」する記事が並ぶ。でもよくよく見てみれば細かいところにその姿勢への批判が含まれている部分もある。要するにその程度までしか書けないということだ。逆に日本でも同様のことが無いとは言えない。
典型的な歯触りのみの「ポピュリズム」に過ぎない。
無論領土問題は日本の戦後が終わっていないことと、それに向き合わず安易に「単独講和」を行った日本政府=つまり自民党の祖先=の責任である。その事実も隠している。ただその責任を問うのみでなく、どう対応するか、が重要。
ただ、今のままでは、何も進まない。
それで喜ぶのは誰か、損をするのは誰か。
考えてみるとおもしろいと思う。